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2013年1月31日 (木)

とりこぼしのみち

マグカップを両手で包み 珈琲を飲んでいた

西向きの窓 オレンジ色に染まるカーテン

テーブルをほんのりと揺らす光

今日は父の命日  五十を数えた

記憶はない  いや ある

棺の中に眠る顔  よくみておくんだよ 祖母が言う

写真のような 写真ではないような 映像のカケラ

ふと思う... 越えた 父の年齢はとうに越えた

短かった人生を 父はふりかえったのか

やりたかったこと 誰かにしてあげたかったこと

そしてふと 自分の人生をふりかえってみた

できるだけ遠くを眺めてみた


ポツンポツンと  ゴロリゴロリと


あれはなんだ なんだろう それは足元まで続く

忘れもの 拾えなかったもの  いや それはいい

拾ったはずのもの 確実に拾ったと思っていたもの


そうだ とりこぼしだ


てんてんと続く  戻ることはできない 道しるべ

それは とりこぼしのみち

あきれる こんなにも  もれたため息で前を向く

きっと これからもとりこぼす


それでも


また 手探りで歩いてゆく  一歩 一歩 また一歩

決して 前に進む心は  消すまい

さめた珈琲を 飲みこむ  少しだけ 肩が震えた





※昨年の秋、50回目の父の命日を迎え、その時に感じたことを綴ってみました。   

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文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

お父様、早くに亡くなられたのですね。

実は昨夜読ませて頂いたのですが、夜にコメントを書くと
過剰に気持ちがこもってしまいそうで、朝まで待っていました。

私はまだ38年の人生ですが、
きっと色々、山ほどとりこぼしてきたんだろうな・・・

でも、それによって今の自分が作られているわけだし。

とりこぼしがある方が味があっていいな、と思います。

私の父も今年はもう65歳になるんだなあ、
いつまでも元気でいてほしいなあ、と
とりとめなもなく読みながら思ってしまいました。

亡くなって50年経っても、こんな風に息子から想ってもらえるなんて
きらさんのお父様は幸せですね。

お父さん50歳の若さで・・・ 早すぎましたね。
親の年齢を追い抜いていく気持ちってどんなだろう。
両方健在なぶう汰にはきっとわからない深い深いものがあるだろう。

いろんな意味ですごい心にしみた・・・

今、親のとこにいます。相馬。
なんだかんだいっても あの3.11は彼らの心になんらかの変化を与えたように思うんだ。だからできるだけ行ける時に行って一緒の時間を過ごそうとおもったんだ。

ごめんなさい! 話がそれた。
もっと書き溜めたものないんですか?
たまに披露してよ。

冷めた珈琲は温めなおしましょう。

ぺんちゃんへ

ありがとう
僕の父は僕が生まれて間もなく入院したそうです。
母は僕をおんぶし、新宿の東京女子医大まで通ったとのこと。
僕の実家は地元ではちょっと有名な商店をやっていましたが、
女子医大の高額な医療費を払い続けることはできないということになり、
地元の小さな病院への転院となってしまったそうです。
そして3歳になる前に永眠してしまいました。
今でも僕は、すでに亡くなってしまっている父かたの祖父祖母のことを憎んでいます。
ないに等しいような家柄を保つため、家、お店、土地、を手放さず、
高度な医療を受けさせなかった。
後々調べてわかったことなのですが、当時の医療とはいえ、
医大での医療を受けさせ続けてさえいれば、完全に治った病気だそうです。
とりこぼしのみちの始まりに、とても大きな石が落ちています。

手に入れたものを確実に、とりこぼさずに持ち続けている人間。
男のエゴ的な見方かも知れませんが、カッコイイのです。
でも、ぺんちゃんの言う通り、
とりこぼしのある人間の方が味があっていいんですよね。

ぶう汰ちゃんへ

ありがとう
ビックリしました。ぶう汰ちゃんのご両親、相馬だったんですね。
ぶう汰ちゃんの故郷?ですよね。
あの3.11・・・
震災にあってしまった方達にとって、
震災を生き残った方達にとって、
その御身内の方々にとって、
本当に とりこぼしの日 になってしまったんですよね・・・
ぶう汰ちゃんも心底心配したことでしょう。
優しいぶう汰ちゃん!ご両親を大切に!

ちなみに・・・父は32歳で永眠です・・・
ちなみに・・・冷めた珈琲はちょこっとしか残ってなかったんだよ~

きらさんのコメントを読んで、どうしてもお返事が書きたくなりました。

いつも穏やかそうに見えるきらさんから「憎む」という言葉が出て
とても驚いています。
お爺様、お婆様にも色々な事情がおありだったのかも知れませんが
きらさんとお母様にはやりきれない事だったのですね。

私は夫の両親から、不妊治療の援助を貰っています。
当初、自分の母にしか詳しい治療の事は話していなかったのですが
夫が海外に出る事になった際に帰省して経緯を話したら
「なんでもっと早く言わないの!」って逆に怒られ・・・
金銭的な援助だけでなく、何かあって私が寝込むような時には
義母がすぐに駆けつけてくれるとまで。。

前から義母とは仲良しで二人で海外旅行にも行ったりしていたけど
義父が「嫁じゃなくてうちの娘だって思ってるよ」と言ってくれた時には
思わず涙が・・・この家に嫁いで良かったと思いました。

何だか話がそれちゃってごめんなさい

ぺんちゃんへ

憎んでいます。
ただそれは、なんといったらいいのか...。
納得している憎しみ?とでもいったらいいのか...。
すでに亡くなっているわけですし...。
自分の中では消化されている憎しみ?とでもいいましょうか...。
ただ、ふと自分の人生を振り返った時、
自分の心根にドッカと腰を下ろしているんです。
でもね、ぺんちゃん。
前を向いた時、そして今、そしてこれから。
決してこんな憎しみを抱くことがないように生きて行こう。
そして息子たちにも、決してこんな憎しみを抱かせないように生きて行こう。
強く強く、そう思っているんです。

ぺんちゃんのことを大切に思ってくれている優しいご両親ですね
ご自分のご両親同様大切になさってください。

我が家もそろそろと...新しい家族が増えるような...
そんな雰囲気が...少しだけちらちらと...

こんにちは

若くして大切な人々を残して、
この世を去らなければならなかった
お父様はどんなにか残念だったと思います。
でもこうしてきらさんがお父様の面影を偲ぶ思いは、
きっと届いていると思いますよ。

人は実に多くの事を取りこぼしながら生きています。
出来れば戻って拾いに行きたくなりますが、
時の流れがそうはさせてくれない様です。
それよりも前を向いて行くことの選択を
知らず知らずのうちにしているのでは...。

私もそうなのですが、
決して直ぐに出来る事ではありませんが、
過去を残念に思う気持ちは大切にそのままに
これから先の感動を思って
一つ一つ新しい何かを拾い集めてはどうでしょうか?

私は生き方がとても下手ですし、運も有りません。
本当は毎日毎日がとても辛くて溜息ばかりです。
こうなる前に良かった頃の自分の上に
胡坐をかいてしまって自重しなかった事への
罪と罰を受けているのではないかとさえ思います。

これまで取りこぼしてきたものの多さに
自分に激しく烈火する日々ですが、
前だけは見て歩き続けようと思います。
歩き続けていれば何処かで新し何かを拾い集めて、
今よりは良い流れにのれるかなと思って。

スイマセン、長々と生意気な事を色々と。
きらさんとは同世代だと思います。
なので気になって色々と書かせて頂きました。
気に障ったらゴメンナサイです。

愛鳥

愛鳥さんへ

ありがとう
これからもきっと、とりこぼしていくのでしょう。
拾いたいと思って拾ったものを、
確実に保持したと思っていたものを...。
そしてまた振りかえって、またため息をついて、また前を向いて歩み出す。
そう...前を向いて歩むことが一番大切なんですよね。
ではなぜ大切なんでしょう?
それはね...僕はこう思うんです。
人には授かりものがあるから...。
後ろ向きで歩んでいたらこれは受け取れません。
前向きに歩んでこそです。
この授かりもの、実は2種類あって...。
しっかりと目を見開いていないと見逃すもの。
知らず知らずのうちに身に付いているもの。
この2種類です。
ただこの授かりものでさえ、とりこぼすことはあるんです。
でも前を向いて歩んでさえいれば、また授かりものが穴埋めをしてくれます。
だから、前を向いて歩むことが大切なのではないでしょうか?
振りかえった時には見えてはいない。
でもきっと、みちの途中あちらこちらで授かりものを受け取っている。
きっとそういうことだと思うんです。

ご無沙汰しております
いつも思うのですがきらさんって
お仕事のことだけお聞きすると人間というより繊細なお仕事にのみ興味をもたれている・・・
って風に思ってしまうのですが
実は人間を非常に大事に考えておられる方なんですね
お話からまずピンとくるのは人生への非常に肯定的な態度です
優しい心も正しい心もみんなそこから出てくるのですよねぇ
ぼくは逆にどうしても人生をはすかいに・・・・というか
100%真正面から見ていないのでこういう方は非常にうらやましいというか
尊敬します

まぁ人生には腹立たしいこと残念なこともたくさんありますが
きらさん持ち前の肯定的な態度で乗り越えてこられたのですよねぇ
これからもその意気でお願いします!!


ぼくも若い時なんか説明不可能な病気にかかって
新宿の青梅街道を少し行ったところにある病院にかよっていました
でもあれは東京女子医大だったかもしかしたら東京医科大病院だったか
ちょっと記憶があいまいなのですが・・・

hawkさんへ

ありがとう
肯定的と言うか...楽天的?
悪い言い方をすれば脳天気?
なんとかなるさ...なんとかするさ...
という気持ちはいつもあるような気がします。
無理やりにでもそう思わないと潰れていた...
今はそう思っています。
あまりにも色々なことがありすぎて...。
幼少の頃からそう思わずにはいられない環境でした。
それがいつのまにか心に定着してきた...って感じです。

新宿駅から行くと東京医大が先にあり、その向こうに東京女子医大です。

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